サックスの彫刻、意味あるの?~セルマー・モデル22から現行ジュビリー・モデルまで、歴代セルマー・サックスの彫刻~
サックスの彫刻の歴史と役割
セルマー・バランスド・アクションの豪華なベル彫刻
サックスには彫刻が入っているけど、たまに彫刻がはいっていないものもある。
彫刻なんか要らない気もするけど…何か意味があるの??
こんな疑問をよく耳にするので、今回はサックスの彫刻について、当店にある新旧のサックスを実際に見ながら解説してみたいと思います。
サックスの彫刻に関しては、厳密にいうとメーカーごとに模様や入れ方に違いがあるのですが、今回はサックスの中で最も代表的ブランドといえる「セルマー」を例にとって解説します。
「セルマー」サックスの彫刻を取り上げる理由
理由1
サキソフォン/サックスの元祖である「アドルフ・サックス」直系ブランドでしかも現在でもサックスの代表的ブランド。
理由2
セルマーの第一号機発売は1922年ですが、それ以来サックス界の顔であり続けています。
従ってセルマーの時代ごとの傾向を観察すれば、サックス彫刻の時代ごとの流行りや傾向を知ることができます。
サックスの彫刻にはどんな意味があるの?
この疑問にまずお答えしますと、
(1)サックスの彫刻には、機能的な意味はありません。
あくまでデザイン的なものです。
(セルマー・サックスに関して言えば、彫刻入りモデルの方が選定されたもので彫刻なしモデルよりも鳴りが良い、と言う方もいます。)
(2)また、現代では使われている素材を現す「目印」としての機能を持つ場合もあります。
これについても解説します。
(3)キィポストの取り付けが微妙にずれた仕上がりの個体は、彫刻が入っていない、という説もあります。
これはリペア職人さんから聞いた話なのですが、過去のセルマー・サックスは、個体それぞれを職人さんの手作業で組み上げていた、という経緯から部品の取り付け位置が微妙にズレる事も多かったようです。
特にキィポスト~つまりキィを支える支柱などが管体にたいしてわずかに斜めに取り付けられている個体などは実際結構存在するそうで、こいった個体は、音や演奏にはほとんど影響はないものの、タンポとトーンホールがきっちりとセンターでかみ合わなかったりして、リペアの際、調整が難しかったりするそうです。
こういった「調整が少々やっかいな個体」は、(職人さんの体感的に)決まって彫刻が入っていない…との事です。
たくさんの歴代セルマー・サックスを扱ってきた職人さんの持論なので、信憑性は高いと思います。
※また、古いサックスには「もともと彫刻がなかった個体に彫刻を後彫りしたもの」も数多く存在します。
歴代セルマー・モデルに見るサックス彫刻
なんだ、じゃあ結局サックスの彫刻はただのデザインか…と思われるかもしれませんが、サックスの彫刻はサックスの元祖「アドルフ・サックス」からすでに見られるものでサックスと彫刻は切り離せないものになっています。
また、その時代特有のデザインを施したものが多く、ビンテージ・サックスなどは特にそのサックスが通って来た時の流れを感じる事ができる、趣のあるものになっています。
通常どのサックスでも彫刻は、ベル部の周りに彫るのが一般的です。
本体(3番管)やネック部に彫ることは、通常ありません。
ただし、銀製や金製など素材の違いで管全体やネック部に彫刻することがあります。
(以下の「素材を現す彫刻」を参照してください。)
それでは早速セルマー・サックスの彫刻を、時代を追ってみていきましょう。
※サックスは歴史が古く噂レベルの情報なども多いので、当店の在庫サックスを中心に「実際に確認できる事実」をまとめていきたいと思います。
セルマーのサックスの彫刻の特長
特長1
彫刻は本来、彫刻専門の「彫り師」さんがいて、全て手彫りで彫っていた。
特長2
現在では、手彫りではなく、機械彫り。
特長3
機種ごとに大まかなデザインは決まっているが、製造された年代によって(シリアル・ナンバーによって)デザインが少しづつ違う。
特長4
アメセルとフラセルでデザインが違う
特長5
ゴールド・プレートなど、「特別仕様」なサックスはベル以外に彫刻が入っている。
この記事を読むことで、セルマーの時代ごとの彫刻の違い、そして彫刻によるサックス自体のグレードの違いなどが分かるようになります。
特長1
彫刻は本来、彫刻専門の「彫り師」さんがいて、全て手彫りで彫っていた。
特長2
現在では、手彫りではなく、機械彫り。
まず、こちらがセルマーの現行モデル「ジュビリー」の彫刻です。
とても細かくて美しいですね。
現代サックスの彫刻・ジュビリーの彫刻
ご覧の通り、繊細でとても綺麗な彫刻ですね。
しかし、これは機械で彫ってあります。
ちなみに、「ジュビリー」としてマイナー・チェンジする前の2010年以前のセルマー・サックスの彫刻は、全て手彫りでした。
こちらが2010年以前「ジュビリー前」モデルの彫刻です。
シリーズ2ジュビリー前モデルの彫刻
サックスの歴史は、「サックス」の名称の元になった「アドルフ・サックス」さん創業の「アドルフ・サックス」社製のものが元祖です。
サックスの元祖・アドルフ・サックスの彫刻
模様というより、文字がたくさん彫られていて、文字のフォントが凝っています。
とてもエレガントですね。
セルマーの1号モデル、モデル22の彫刻
セルマー2号モデル26/3号モデル28の彫刻
次第におしゃれになってきましたね。
アドルフ・サックスを真似たようなフォント中心のデザインです。
ちなみにこの頃のセルマー・モデルは、ベルにシリアル・ナンバーが彫ってあります。
※現在は本体(3番管)のサムフックの下に刻印してあります。
セルマー4号モデル、ラジオ・インプルーヴドの彫刻
こちらはセルマーのロゴの上下に模様が見られますね。
(ちなみにこちらの上下模様は、後の時代に彫ったものと思われます。)
そして、・インプルーヴド、シガー・カッターとほとんど変わらないデザインのモデルが続き、その次のモデルで「現在サックスのキィ・アクションの元祖」と言われるバランスド・アクションあたりから一気に彫刻も派手に凝ったものが目立つようになります。
バランスド・アクション〜マーク6の初期モデル
突然凝った彫刻になりましたね。
こういった凝った彫刻は、次モデルのスーパー・バランスド・アクションからその次に出る事になる、マーク6の初期モデル(シリアル・ナンバー5ケタ番台)まで続きます。
バランスド・アクションやスーパー・バランスド・アクションの時代はこんな模様でした。この彫刻パターンはマーク6の初期まで続きます。
マーク6の中期〜
そしてマーク6の中期からマーク7、1980年代のスーパーアクション80(シリーズ1)、シリーズ2、そしてシリーズ3までは、特に大きな変化はなく、すべてのモデルがこんな彫刻デザインです。
このデザインはジュビリー・モデルが誕生するまで続きました。
ちなみに、ジュビリー前の後期になると、この彫刻が少し省略されたデザインになっています。
ジュビリー・モデル〜機械彫り
現在のジュビリー・モデルになって現行機種は全て機械彫りになりました。
現在ではセレス・アクソスがこの彫刻デザインを引き継いでいます。
ただし、これも機械彫りです。
だいぶ彫刻が薄くなったように見えますね。
セルマーのつぼみデザインのマイナー・チェンジ
このセルマー史上、最も有名な”つぼみ”デザインも、シリアル・ナンバーを重ねるにつれ、微妙にデザインが変化(簡略化)していきます。
…そして現行”ジュビリー・モデル”の彫刻
そして2010年を境に、セルマーの機種「スーパー・アクション・シリーズ2」「シリーズ3」「リファレンス」は、全て「ジュビリー・モデル」としてモデル名だけを残し、大幅なマイナー・チェンジを遂げます。
その中で、彫刻も全てジュビリーから「機械彫り」に統一されました。
セルマー彫刻の歴史・番外編~アメセル彫刻とフラセル彫刻~
こういった「時代やモデルによる彫刻デザインの違い」とは別に、「アメセル」と「フラセル」の彫刻デザインの違いもあります。(アメセルとフラセルの見分け方)
ちなみに、「アメセル彫刻」がしっかりと入っているのはマーク6とマーク7の前期モデルまでです。
アメセルにはスーパー・バランスド・アクションも存在しますが、スーパー・バランスド・アクションのアメセルは彫刻から見分ける事はできません。
素材を現す彫刻
以上、装飾としてのベル彫刻の歴史を見ていきましたが、この他に彫刻が役割を持つ場合があります。それは、「金や銀素材で出来ている場合」「ゴールド・プレートやシルバー・プレートなど仕上げが通常の個体と違う場合」です。
こちらはセルマー・シリーズ2のネックです。
通常のラッカー仕上げではなく、ゴールド・プレート(金メッキ)仕上げになっていますが、ネック側面に彫刻が施されています。
このように通常の素材と違う素材~金や銀素材で出来た管体のものや仕上げの違い~ゴールド・プレートなど、「特別仕様」なサックスは、ベル以外にもネックや本体に彫刻を入れる事でグレードの違いを現している場合が多いです。
このように特別な彫刻や豪華な彫刻でグレードの高さを現すのは、現行機だけではありません。
例えば、下の画像のC.G.Conn(アメリカ)のサックスはおよそ80年前のものですが、ゴールド・プレート仕様のものは豪華な彫刻を施されていますね。
C.G.Connのニュー・ワンダー(チューベリー)というモデル。
こちらはゴールド・プレートで彫刻が豪華です。グレードが高いモデルだという事が分かります。
同じくニューワンダー。シルバー・プレートです。
まとめ
サックスの彫刻について解説してみました。
いかがだったでしょうか。
実際の出音にはほぼ関係がないサックス彫刻ですが、やはり時代を反映したデザインのものが多く、機械彫りがほとんどになってしまった現行機に比べ、趣のある味わい深いのは確かだと思います。